松江城 65年ぶり悲願    学術成果築き 国宝復帰

 
  今日の新聞に、先月国宝になることが内定した松江城の記事が。

  このニュ−スはテレビでもやっていたので良く知っていましたが、読んでいくうちに、神奈川大名誉教授の西和夫先生が大きな貢献をしていることが記載されている。

 西和夫氏は2010年に発足した松江城調査研究委員会の委員長として研究者をまとめ、国宝化の道筋をつけた。城の研究は長年行われておらず、ハ−ドルは高かったが、西氏は「きちんと調べれば必ず発見はある」と委員の研究者に発破をかけ、天守の解体修理工事の膨大な記録を検証するなどして成果をあげ、報告書や学会で研究成果を強調するなどして。松江城の国宝としての価値を築いていった。

 松代のブログの記事で西和夫先生について書いていましたが、今年1月亡くなられていたことも今日の新聞でわかりました。ご冥福をお祈りします。

 
hirad3519 | 松代(長野県) | 10:21 | - | - | - | - |

松代(長野県)に行ってみて

 
 新発田と小布施は、観光として一人で歩きまわったので、いろいろなことがよくわかりましたが、松代は「庭巡り」のイベントに参加することが目的だったので、松代の理解については、もう一度一人でまわらないと深まりません。

 イベントに参加してわかったことは、NPO法人の活動が盛んなこと。泉水を愛する住民と、大学の先生、行政と一緒になって城下町としての町づくりを行っていることが深く印象にのこりました。

 松代 真田邸近く  電柱がありません

  新発田もボランティア活動が盛んなところでした。観光地のいたるところでボランティアの方がいたことが記憶にのっています。

  新発田は観光地もさることながら、広大な商店街に驚きました。数十年前は城下町でありながら商業の中心地であったことがうかがえます。

  松代と小布施では、商店街には気が付きませんでした。小布施は縁のある葛飾北斎や、地元出身の日本画家中島千波の美術館などがあり、ほっとする、癒されるような町ですが、小布施にきた目的が、観光客のアンケ−トによれば「食事、買い物」が1位、2位を占めているのには意外でした。

新発田城  石垣は江戸時代初期といわれている

  小布施では地元の人が、観光地としての自分たちの町に自信をもっていることが印象に深くのこっています。

 松代には「信州松代ロイアルホテル」が平成8年できています。かなり豪華なホテルで、家族連れや、団体客にあいそうで、一人には不向きなので、私は長野駅周辺にあるホテルに宿泊。小布施に行ったとき利用したホテルでもあります。
「信州松代ロイアルホテル」はその規模からいって、松代だけでなく信州全体の観光のためと思われますが、そのようなホテルが比較的新しく松代に建設されたことは印象にのこりました。
 

小布施  皇大神社 古さが魅力
hirad3519 | 松代(長野県) | 11:38 | - | - | - | - |

松代の武家屋敷の門、塀など


 山寺常山邸

 江戸時代終わりから明治初期に建てられたと推定される表門。

 ここの庭園が国の登録記念物。


 庭についてよく説明されていた方の門です。

 松代の庭は遠くの山を借景にして、山とつながるように庭園を造ったと説明されていました。

 この庭にはツツジやあやめが咲いていた。
私が写真をとっていると、信州大の学生から花の名前をきかれ、おもわず「あやめ」と答えましたが、あたっていたようで、所有者の方がここのあやめは、秋にもう一度咲く「二度咲あやめ」で、非常にめづらしいとのこと。


 
 この写真は、比較的新しい門と塀にみえたので掲載してみました。

 おそらく城下町としての町づくりのため、庭園とおなじく、建築費の一部は助成金で造られているものと想像している。



 お庭拝見の午前の部が終了して、解散し松代駅に向かっているところにあった建物。


松代駅は長野電鉄屋代線の駅でしたが、路線が廃線になったため、今はバス停になっていました。タクシ−乗り場にもなっている。



 ここも松代駅に向かって歩いているときの建物です。

 ミラ−がなんとも邪魔ですが、古く趣きがあるので掲載してみました。

 松代全体では、まだ由緒ある、特徴的な門があるようですが、私がみたのはイベント中と、バス停にむかって歩いているときのものだけ。



 松代は少年剣道が盛んなところで、今日は少年剣道大会があると、会の方がおっしゃっていました。

 ここは真田公園でしょうか、少年剣道大会に参加した子供たちがお昼時間で休んでいるところ。

こういった情景も城下町としての雰囲気が感じられます。


 今日のブログを書く前に、NPO法人 松代夢空間のHPを読んでみたら、平成14年に神奈川大学工学部建築科の西和夫教授に歴史的建造物の調査を依頼されています。保存のための調査もされている。平成19年には神奈川大学まちづくり研究所が松代に設立され、8年が経過しようとしている。
 
 私の記憶に間違いがなければ、西和夫先生は「平戸オランダ商館復元」のために何度も平戸にきていて、平戸の町並みにも歴史的価値のある建造物があり、その保存をアドバイスされている。
 
 松代での「日本各地の歴史的建造物の調査の会議」では10年以上前に在籍されていた平戸市教育委員会の専門家の方が報告したことも記されています。

 松代と平戸はこういった専門家の方で結ばれていることがわかり興味深いところです。


hirad3519 | 松代(長野県) | 11:18 | - | - | - | - |

佐久間象山(さくまぞうざん) 

 
 幕末、尊王開国を主張、主張だけでなく、実践もしていて、攘夷派に暗殺された佐久間象山。

 多くの幕末の人材に影響をあたえた。

 出身は松代藩。名前の呼び方は、普通「さくましょうざん」といわれますが、地元では「さくまぞうざん」と呼ばれ、佐久間象山を祭神とする「象山神社」がありました。

 


  「象山神社」(ぞうざんじんじゃ)

佐久間象山の生家の隣に建立されています。

NHKの大河テレビ「八重の桜」でも、たぶん奥田映二が佐久間象山の役として登場したとおもう。印象深い一場面でした。



 佐久間象山についての説明書。

 江戸木挽町に塾を開き。勝海舟、坂本竜馬、吉田松陰、橋本佐内などの幕末の英才を輩出したとの説明もあります。

 平戸藩の橋本佐内の名前もでています。

 第9代平戸藩主松浦清山が、藩士育成のため設立した、維新館によんで講話をさせたという儒学者佐藤一斎の名前も。

hirad3519 | 松代(長野県) | 09:19 | - | - | - | - |

松代の武家屋敷のお庭拝見 平成27年5月16日


 16日(土)、「松代の武家屋敷のお庭拝見」のイベントに参加しました。予備知識は、松代の庭園は泉水を中心に造園されているということのみ。

 9:00に集合して挨拶などがあり、9:30から12:30のコース。主催はNPO法人 松代のまちと心を育てる会。それに信州大学の教授とそのゼミ生。信越放送のマイクをもった女性アナウンサ−とカメラを持った男性。
大学生はNPO法人のサポートを兼ねての参加



 4.5キロと3.5キロのコ−スがあって普通は3グル−プにわけて、午前と午後の2回行われるそうですが、午前の部は雨模様で参加者が少なく、1グル−プにして4,5キロのコ−スを歩くことになりました。

 「お庭拝見」の言葉どおり、庭の持ち主が自ら公開して始まったのではなく、NPO法人 松代のまちと心を育てる会の人が、平成13年、1日だけ庭を拝見させてくださいと働きかけて、10軒が受け入れてくれ、反響がものすごく、今で


 は30軒の方が協力しているようです。会のガイドの方がそれぞれ説明し、家の方は黙ってみているだけですが、それでも2,3軒説明される方がいました。

 50代前後でよく説明される持ち主の方がいたので、私が、庭の維持に行政の助成はないのか尋ねたところ、「池の改修の必要があって、改修したら200万円の助成があったが、それでも30万円の持ち出しだった」との答えがありました。



 池の水は神田川から水を引いて泉水路を造り、それぞれの庭園に次から次へと水が流れていくようになっているようです。

 左の写真より、一つ上の写真の真ん中あたりに、泉水路を通って池に流れ落ちる様子が見えます。

 左の写真は比較的大きい泉水で回りをぐるりと散策できるようになっています。


 池にはよく鯉が飼われていました。
この池は特に目立つようです。

 松代は5キロ四方の平地ですが、この地域に30軒以上のこんな庭園があることは壮観です。

 泉水路でつながった庭園群というのが、他にない松代の特徴です。
そして江戸時代から今日まで、こうして庭園が維持されていることが驚きですが、松代の人達の泉水に対する深い愛着のたまものでしょう。


 武家屋敷ですから、江戸時代はそれぞれ格式があって、格式の高い家は、泉水の形が心という字の形に造られていたとの説明がありました。

 ここの庭園と下の庭園がそれに該当しますが、泉水を良く撮っていないので見ただけではわかりません。

 白いマ−ガレットの花が沢山咲いていました。

 


 庭園めぐりに参加していて、国の登録記念物という庭があったので、信州大学の先生に、民間の家には国の登録有形文化財という制度がありますが、庭にも同じような制度があるんですかと尋ねたら「あるにはあるけど唯名前がつけられるだけで、それだからといって庭を維持するために助成があるわけではない」とのことです。

 こんなイベントがないとみれない、松代の泉水を中心とした庭園群を見学させていただき、持ち主の方と、松代のまちと心を育てる会の皆様にお礼申し上げます。初めての土地だったため、庭園だけでなく、家の門、塀などがあると写真をとって、みんなに遅れぎみ、走ってあとを追いかけたりしましたが、いつも私の後には、学生さんや会の人がいました。道をまちがわないよう、あるいは安全を確認するため配慮されていたものと思われます。ありがとうございました。



 
hirad3519 | 松代(長野県) | 11:46 | - | - | - | - |

長野駅 善光寺口 周辺


 松代の武家屋敷のお庭拝見をブログに書くには時間がかかりますので、時間に余裕のある日にゆずって、今日は長野駅について。

 長野駅は数年前の小布施に行ったとき来ていますが、その時に比べ変わっていた。北陸新幹線の開通に合わせて、土産物売り場やお蕎麦などの飲食店のフロアを大幅に大きくしたとのこと。

 長野のお酒も存在感を示している。日本酒、ワインをはじめいろいろなアルコ−ルを置いている。男性も女性もどうぞという、醗酵バ−です。



 手前にある小さいぐい飲み(45ミリリットル)で三種類のお酒を利き酒できる。写真も撮っているので、私も。

 長野県の酒蔵の若旦那衆が頑張ったという、大吟醸を三種類。おいしいお酒です。味の区別はあまりできなかったけど。

 長野産の清酒は「真澄」がよく知られていて、自宅の近くのコンビニでも売っていますが、ここにはありません。
 


 今善光寺は7年に一度の御開帳が行われています。タクシ−の運転手さんの話では、昨年に比べると5倍の観光客だとか、運転手さんもホクホク顔。

 運転手さんとの酒談義では、大吟醸はフル−ティ−で酒を飲んだ気がしない、普通の二級酒がいいねとのこと。生月の甥もそのくちに入りそう。仕事上の青森出身の先輩も同じことを言っていた。

 
hirad3519 | 松代(長野県) | 19:59 | - | - | - | - |

真田の城下町 長野市松代 (大河テレビ「真田丸」放映決定)


 長野に一泊して、翌日の16日、松代の武家屋敷のお庭公開のイベントに参加してきました。
 
松代城址の入口が受付というので、初めての土地なので、早目にその場所にいった。

 松代城は江戸時代、松代藩主真田家の居城であったが、明治維新により平戸城と同じように廃城となり、石垣を残すのみとなっていた。



  昭和56年真田邸とともに国指跡になり、平成16年長野市により環境整備がおこなわれ、太鼓門、北不明門、堀、土塁などが復元された。

 松代藩の石高は、10万石で、平戸藩の実質的石高とほぼ同じである。

 入口の門からみて左端にある、松の木と石垣。
 


 この日は朝から雨。昨夜の天気予報は晴れのち雨なので、天気予報もあてにならない。

 上の場所から松代城跡入口を見た光景。

最近整備されているので石垣を除けば古さはかんじない。



 松代城跡の図面と、その説明がされている。

 
 松代城は甲斐の武田信玄が、越後の上杉謙信と「川中島の戦い」のため1560年頃築いた、海津城がその始めである。。。。。。。など説明がされている。

 次回は武家屋敷のお庭拝見を記載します。
 
hirad3519 | 松代(長野県) | 16:02 | - | - | - | - |
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