平戸の人物  松浦 清(静山)

   朝のニュースでみた球磨川の流れは凄かった。自然の猛威は手に負えない。夕方のニュースで被害の実態が分かってきました。なお今夜も雨が降るという少しの雨量で終わってほしいですね。

 

 この肖像画は9代平戸藩主、松浦清。隠居後静山と号し、江戸時代を代表とする随筆「甲子夜話」の作者です。

 

 この書物は隠居後21年の歳月をかけて記述したもので全部で278冊になります。

内容は江戸幕府、大名家、社会風俗、地理、自然現象、海外情報、狐狸妖怪そのほか広範囲に及んでいます。彩色絵画を交えた豊富な挿絵を載せ、詳しく記述しています。江戸時代を代表する情報誌といえるでしょう。

 

 武芸は特に剣術に秀で心形刀流の達人として、天下にその名を知られていました。「平戸の文化と自然」より。

 

 
 

hirad3519 | 平戸の人物 | 19:40 | - | - | - | - |

読売新聞 日曜特版に松浦静山と平戸が特集

 今日の読売新聞 日曜版名言巡礼に 松浦静山(1800年頃)

 

  勝ちに不思議の勝ちあり 負けに不思議の負けなし

 

 についての説明と松浦静山についての記事が。

松浦静山は平戸藩9代藩主。学問を幅広く修めただけでなく、剣術も心形刀流の免許皆伝の腕前。200年以上も前の剣術の心得が今も語り継がれるのは、誰にでも分かる短い言葉で勝負の本質を表したからだろう。と述べられています。
 

 

 

 その裏には平戸について。歴史から自然の美しさ。捕鯨で栄えた美しい島。鎖国以前国際貿易港として栄えた平戸には、日本初が数多くあるとして、パン 葉タバコ ビ−ル 甘藷 お茶 オランダ商館の倉庫は初の洋風建築物とされているほか壁に塗ったペンキ自体が日本初と言われている。など平戸についてコンパクトに解説されている。

 こんなに大きく紹介されるは嬉しい限りです。

 

松浦資料博物館学芸員の久家考史さん、平戸観光ウエルカムガイドの籠手田恵夫さん、平戸市振興公社の学芸員である浦部知之さんなどの名前も載っています。
 

hirad3519 | 平戸の人物 | 18:33 | - | - | - | - |

NHK 「民謡魂ふるさとの歌」をみて

 
 昨日は「平戸文化センタ−」で収録された、「民謡魂ふるさとの歌」をみました。

 この写真は民謡歌手「堀ひろみ」さん。東京・平戸北松会で歌ったときの衣装に良く似ています。伊崎さんの紹介で私も少し立ち話をしたことがあります。その時お母さんが平戸・根獅子出身というような話をしたかと思っている。

 その堀ひろみさんが出演するのと、田助ハイヤ節が聴きたくて番組をみたわけですが、おもいもよらない平戸の風という音楽劇があってとてもよい番組でした。

 平戸が国際貿易港になるキ−パ−ソンの王直をだしながら、西暦順に短い時間で端的に、大航海時代の平戸を説明していたのが印象にのこりました。

 鎖国になる前の国際貿易港と、700年にわたって松浦家が領主であった城下町、この二つが平戸のイメ−ジだと思っています。

 
hirad3519 | 平戸の人物 | 17:53 | - | - | - | - |

王直  平戸の人物


 平戸が中国をはじめとする海外貿易の拠点となるには、1542年中国海賊の首領五峰王直が平戸に拠点を構えたからに他ならないでしょう。

 王直が平戸に来る前から中国福建の私商が多く平戸には来ていたが、王直の行動範囲は広く、1550年2隻のポルトガル船が平戸に入港したのも王直の手引きによるものであり、種子島の鉄砲伝来にもかかわっていたと言われている。

 鉄砲伝来により戦国時代の戦い方が一変した。王直は鉄砲の火薬を製造するに必要な硝石などの貿易を独占していて戦国大名にもおおきな影響を及ぼしていた。その人柄から戦国大名やポルトガル人にも信頼されていたと言われている。

 安部龍太郎著の「五峰の鷹」はその当時の時代背景をもとに描かれた活劇小説で、若い頃の織田信長が登場し、松浦氏とも縁の深い大内家の存亡や勘合貿易なども描かれている面白いだけでなく歴史的にも参考になる小説となっている。



「五峰王直居宅跡」という石碑がたっている、平戸で当時王直が住んでいた場所を示すものです。
 
hirad3519 | 平戸の人物 | 09:26 | - | - | - | - |

鄭成功


 今年7月14日、平戸市河内町に開館した鄭成功記念館。

 鄭成功(ていせいこう)は、中国人海商で平戸を根拠地として活動していた鄭芝龍を父に、平戸河内の田川まつを母に、1624年7月14日平戸で生まれる。明に渡り、清に対して明朝の復興運動を行った。その過程で台湾を占領していたオランダを追放した。明の隆武帝から明王朝の国姓「朱」を贈られたためまわりの人から「国姓爺」と呼ばれる。

近松門左衛門の浄瑠璃、のちに歌舞伎化された「国姓爺合戦」は鄭成功の活躍を描いたものである。


 祀られている媽祖像。媽祖像とは中国沿海部を中心に信仰を集める道教の女神。
中心に大きく飾られているのは台湾がら寄贈さらた媽祖像。きらびやかな媽祖像が印象的。
左ガラスケ−スの媽祖像は350年前のもので平戸市の有形文化財になっている。



 鄭芝龍が貿易商であったころの囲炉裏部屋。
中央は鄭成功の像、右は鄭成功の書(複製)。

7月14日の開館のときは、台湾、中国からも沢山の人が参加してセレモニ−が行われている。
16世紀から17世紀初頭にかけて、平戸は中国、ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスなど海外に広く門戸を開けていた。
 
鄭成功記念館
hirad3519 | 平戸の人物 | 18:56 | - | - | - | - |
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