天声人語に「三浦按針」と「平戸市」が

 今朝の朝日新聞の天声人語です。私は普通天声人語は読まないのですが、三浦按針の名前が最初に出てくるのでついつい読んでしまいました。平戸市役所の塩塚浩一さんや「按針サミット」などがでてきます。

 

 

 三浦按針という名に初めて接したのは何十年も前、中学の英語の授業でのこと。「造船術を日本にもたらした偉人」と習った。

英国出身で、徳川家康の外交顧問として活躍したウイリアム・アダムス。今月、没後400年の節目を迎えた。航海士だった按針は1600年、大分に漂着した。「家康に面会して堂々と国際情勢を述べる。度胸のいい人だったと思います」と話すのは長崎県平戸市役所の塩塚浩一さん(52)。按針の没した地で、3年前には市内の墓所からそれらしき人骨も掘り出されている。按針とは「水先案内人」を意味する。家康に引き立てられ、交易を求めて来日した人々を幕臣に引き合わせる窓口として活躍。外国人でありながら、旗本に抜擢される。

 だが2代将軍以降、特権を失う。鎖国政策が厳しくなって、平戸へ。英蘭2国の商館経営を助けるかたわら、アジアへ船を出す貿易商として腕をふるった。新旧の評伝を読んで浮かぶのは、機転が利き、権力者に巧みに取り入る海の男の姿だ。待望の帰国許可を幕府から得たのに上官と対立し、帰国せずに終わる。

 故国に妻と2子を残しながら、日本でも2人の女性との間に3子をもうけたとされる。教科書の記述とは違い、どこまでも偉人らしくない。残念ながら今月末、平戸市で開かれるはずだった「按針サミット」と「按針忌」は、いずれもコロナ禍で日を改めることになった。英国からゆかりの人を招く計画も延期に。むかしもいまも意外と遠い日英である。

 

  三浦按針のすべてをうまくまとめられているので、三浦按針とはどんな人と聞かれたとき参考にしようと思います。

按針サミットとは、漂着した大分臼杵市、西洋式船舶を造った静岡県伊東市、旗本としての領地横須賀市、平戸の英蘭の商館を造るのに献身し晩年をすごした平戸市が、偉人の顕彰と功績を広めるために行われているものです。


 

hirad3519 | 平戸の文化 | 12:42 | - | - | - | - |

茶室 閑雲亭  

 松浦資料博物館の奥庭に茶室 閑雲亭があります。平戸に行ったときはいつも松浦資料博物館を見学したあと、この茶室で抹茶とお菓子をいただいてしばらくゆっくりしていきます。

 

 今年の松浦資料博物館には、江戸時代の平戸の地図が多く展示されていたような気がしました。ときどき展示品が入れ替わるようです。暑いので何度もクーラ−で涼みながら展示品をみてから、茶室にいきます。

 

 この茶室、なかなか人気があるみたいで、昨年も、一昨年も私以外の観光客がきていましたが、今年も私がゆっくりしていると5,6人の人があとからやってきました。雰囲気のある庭園に茶室、遠くをみると平戸城がみえ、しばし江戸時代の情緒を堪能できます。


 

hirad3519 | 平戸の文化 | 11:11 | - | - | - | - |

伊能忠敬と平戸藩  没後200年記念企画展  松浦資料博物館

 松浦資料博物館では4月1日(日)〜6月30日(土)に伊能忠敬没後200年記念企画展が行われている。

 

 伊能忠敬は江戸時代、日本地図を作製した偉人としてよく知られています。江戸時代の人は今では考えられないような偉人が沢山いますが、そのなかでも伊能忠敬には驚愕させられる。日本中を歩いて測量している。平均寿命60歳の時代に55歳から17年の年月をかけて。

 

 佐原に行ったとき、伊能忠敬は佐原出身ということを初めて知りました。伊能家という蔵元に養子にいき、50歳までは事業で活躍し、引退。江戸にでて天文学を学び55歳から弟子たちと測量をはじめます。

 

 

 

 

 

 

 チラシによれば、9代藩主静山は、測量終了後、平戸藩領の地図をひそかに平戸藩に渡すよう忠敬と約束を交わす。忠敬没後弟子たちが地図を完成し、松浦家に納入されました。松浦資料博物館に所蔵する伊能図は由来が把握できる貴重な伊能図であることが指摘されています。

 

 松浦資料博物館に所蔵する平戸図、九州図をはじめとして、9本に軸装された伊能図ほか、松浦家に伝わる天体観測・測量道具などを公開。

 

 副題として「人間は夢を持ち前へ歩き続ける限り、余生はいらない」とあります。ある意味いい年齢に達して情熱をもつものに出会った伊能忠敬は幸せであったともいえる。


 

hirad3519 | 平戸の文化 | 16:27 | - | - | - | - |

平戸城下雛祭り 平成30年2月11日(日)〜4月3日(火)

 今日は3月11日、7年前東日本大震災があった日、発生した時間は近くの国道246号で覚えています。午後2時46分。

私の人生でこのような災害を目にするとは思いもよらないことでした。まだまだ復興も道半ば。7年目になってやっと話ができるようになったという心の傷跡。私にはなにもできませんが、物心両面の復興が進むよう祈っています。

 

 平戸は松浦家が700年続いた城下町。いま平戸城下雛祭りが行われています。そのパンフレットをご紹介します。一番左は元回船問屋 明石屋(永山邸)維新の志士達の密談場所であったという。次は明治の酒蔵 森酒造 お雛様をみながら新酒をテイスティング。立派な雛段です。一番右が牛蒡餅本舗 熊屋さん。牛蒡餅は土産にもらったり、送ったりしています。

 

 順に左から、鬼洋蝶(凧)など平戸民芸品の古民家 篠屋(ささや)さん。平戸松浦家のひな人形展。私も目黒雅叙園でみたことがありますが品格があって、細部にこだわったお雛さまとその調度品は一見の価値があります。松浦資料博物館で。平戸物産館の雛祭り平戸大橋をわたって平戸市街地に入るまえ道路の左側にあります。江戸時代の華麗な享保雛・有職雛、明治時代の古今雛、雛道具などを店内にて公開中(無料)。平戸蔦谷 按針の館 創業文亀2年(1502年)の菓子舗。カスド−ス烏羽玉など平戸の伝統菓子を販売しています

 

 

 平戸城下町のまち並みマップ。平戸はコンパクトな街で平地なら私の足でも端から端まで歩いていけるほど。坂が多いので全部を歩いて見るのは相当な健脚でなければ。どこの観光地も車でいけるようになっています。

 お店の名前が全部でていますが、私が覗いてないお店も沢山あって帰省時の楽しみ。このまち並みマップは保存して参考にします。

 協賛で平戸南部は民宿 早福荘(早福町) お菓子の楠製菓(津吉町)帰省時私が一番お世話になる かんぼストア(津吉町)がのっています。

 是非平戸へお越しください。
 

hirad3519 | 平戸の文化 | 13:06 | - | - | - | - |

毎日書道展   上中津良在住  大石萌蘭先生

 7月12日NHKラジオで松口さんの「被爆のマリア」聴きました。505スタジオでの生出演すごいですね。CDも届いて事務所で聴いています。沢山の人との共演で出来上がった曲、壮観です。松口さんの透明な歌声もよくマッチしています。

 

 昨日は六本木にある国立新美術館で行われている毎日書道展への招待状が、上中津良在住で書道家で俳句の先生 大石萌蘭(妃富美)先生から妻へきたので、私も一緒に行ってきました。

 

左の作品が大石萌蘭先生の出展作。 遂。 遂行する、想いを遂げるの遂ですか。

 

今日の画像は妻がスマ−トフォンで撮ったものです。私のデジカメでは色が濃くなってしまうので。

 

          

 

 大石先生は2013年から津吉の多目的センタ−で正月の書初め大会を主催しています。

早福荘日記からその様子をみてみます。こちらです 書初め

 

 いいですね。感動します。柴山 納屋という苗字は野子町に多いので平戸南部から集まっての書初め大会です。

 

 正月早々書初めをするのは気持ちいいでしょうね。

 

大石先生は佐世保など平戸市以外にも指導に行かれていて、長崎での書道大会などでは審査員もされているとのこと。

     

hirad3519 | 平戸の文化 | 19:20 | - | - | - | - |

百段雛まつりat目黒雅叙園

    2月から3月の初旬にかけて行われた、目黒雅叙園での百段雛まつりに妻と一緒に行ってきました。

 

 目黒雅叙園の新しい会場は新年会で行ったことがありますが、昭和10年に建築された百段の階段でつながれた7つの部屋がある会場には初めてはいりました。全国の歴史ある雛人形を展示する雛まつりで今回で8回目。九州ひな紀行は3年前一度行われており、今回はさらに大きい規模と新たな地域も加わり実現したものと説明されている。

 

 福岡、佐賀、鹿児島など7県の歴史ある雛人形が展示されている。

 

 福岡・飯塚の石炭王 旧伊藤伝右衛門邸の座敷雛はあまりに華々しくて目がクラクラするような感じでしたが、それぞれの地域の雛人形の特徴がでてて興味深いものでした。

 写真撮影は禁止だったので売店で購入した本のなかから、平戸・松浦家のお雛さまと雛道具をご紹介

             します。

 

 

    江戸時代、寛政の改革で知られる松平定信の娘、秦姫が平戸藩10代藩主松浦煕に嫁いだ際持参した婚礼調度の道具と、雛人形が展示されていた。

 

 会場は百段の階段の上の方にあり、下の会場から順々に上がっていくため最後のほうになっていました。

 

 雛人形は他の会場のお雛さまより小さいものでしたが、顔の表情などものすごく精緻に作られていて品格が漂っていました。

 

 お客さんの反応がすごかったのは、婚礼調度の道具をみたときです。

他の会場も含めて、ただだまって雛人形を見学するだけですが、この調度品をみるときはみんな興味深く、「どうしてこんな小さいものを作っただんろうかとか、琴と三味線が並んでいるのをみて大きさの
 

 

 

     割合が違うだとか」会話がはじまるところが面白かった。

 

 碁盤や将棋のミニチュアなどもあって飽きないものです。ところどころ実物大の調度品があるのも見学者の関心があつまっていた。当時の美術工芸の頂点となる、豪華かつ精微な大名家の雛道具です。

 

 ものすごい見学者の数ですから、平戸の宣伝にもおおいになったものと思われます。

 

 階段には1段目から数が、1.2.3と書かれていて、最後は99段までとなっています。どうして99段までかはいろいろな説があるみたいです。奇数が縁起がいいとか、100段以上の高い段までみんなに想像させるためとか。

 

 妻もとても喜んでいました。
 

hirad3519 | 平戸の文化 | 16:02 | - | - | - | - |

百段雛まつり  目黒雅叙園  九州7県のお雛さまが集う

  来年1月20日(金)から3月12日(日)にかけて、目黒雅叙園の東京都指定有形文化財「百段階段」

において九州7県のお雛さまが集う「百段雛まつり」がおこなわれます。

 

 長崎からは 平戸藩主、松浦家に嫁いだ秦姫(しんひめ)の古今雛と道具たちとなっています。

 

 平戸藩主とは随筆「甲子夜話」を描いた松浦清(清山)の三男として平戸城で誕生した松浦煕公のことをいい、秦姫とは老中松平定信の娘のことをいいます。

1808年、秦姫は松浦煕のもとに嫁いできます。このような関係もあり、煕公は諸大名より温厚な人柄とその優れた資質を認められて、将来は幕府の重職に登用されるであろうと、大きな期待が寄せられていました。

 

 そのほか、福岡 佐賀 熊本 大分 宮崎 鹿児島 などの由緒ある雛人形などが展示されます。 
 

hirad3519 | 平戸の文化 | 11:13 | - | - | - | - |

月刊誌「ノジュ−ル」 新聞の折り込み広告に平戸が 

   50代からの旅好きな読者を対象とした月刊誌「ノジュ−ル」の広告に平戸の教会と寺院が見える風景が載っていました。

 

 ひとり旅に出よう!とおおきなタイトルが。

 

 私が平戸を観光しているときも、一人とおぼしき観光客にはよく会いますよ。的山大島に行ったときも何人も一人旅の人がいました。

 

 今回の平戸・生月ひとり旅の文章を書かれているのはエッセイストの平松洋子さん。

私がブログを書き始めた7,8年前。新聞にエッセイを書かれていたので記憶しています。

一つは千綿駅から見た大村湾の海の美しさについて、もう一つは三軒茶屋のある一角に注目して書かれたもの。 

 

 

 

 246から栄え通りを5,6分行ったところで、古い小さな商店街を対象にされていた。

 

月刊誌「ノジュ−ル」とはとして次のような説明があります。

 

「ノジュール」とは、鉱物学の専門用語で硬くて丸い石球(団塊)のこと。「団塊の世代」の語源にもなったもので、球の中心にアンモナイトや三葉虫などの化石が入っていることがあります。ご自身の中に眠っている才能の発見や新しい趣味の始め方など、“50代からの自分ライフを3倍楽しく”過ごすための情報をお届けします。毎号美しい写真と共に、ご夫婦やお友達との時間を贅沢に過ごすための大人の旅プラン、暮らし、健康、趣味などの役立つ情報をご提案します。

 

ノジュ−ル

 

 

 

hirad3519 | 平戸の文化 | 11:19 | - | - | - | - |

松浦清山公が収集した天球儀

 平戸の窓 観光案内所の続きにもなります。

3年ぶりの知人と会ったときの話。消防関係のかなり偉い人ですが平戸を知りませんでした。

最近テレビではよく平戸がでます。兵庫の姉もテレビで平戸がよくでるよと言っていた。

ふるさと納税でも頑張っているし、かなり有名になったつもりでしたが、福島の原発事故でも指揮を執ったというほどの人ですから、職務に熱心でテレビをみる時間もあまりないのかもしれません。私のHPをみて、最近更新していないねと言った人も、歴史小説が好きでよく読んでいるけど、平戸藩に関するものを読んだことがないという。

 

 

 

 NHKの連続ドラマで「妻はくノ一」が放映されたのは知っていたけど、松浦静山や平戸藩に関するものとは気が付かなかったらしい。高倉健主演「あなたへ」を観た東京の人が、最後の港のシ−ンが平戸とは知らなかったことと同じです。

 私は平戸のことを鎖国で長崎の出島だけで外国貿易するようになった以前、中国 ポルトガル スペイン オランダ イギリスと貿易していたこと、700年間松浦家が転封なしに領主であった地、明治天皇の外祖母が松浦清山の11女の中山愛子さんであることなどを説明したが、どれほど理解してくれたか、なかなか説明がうまくないので。
 

     私が以前書いたブログがありますので紹介します。  松浦清山

hirad3519 | 平戸の文化 | 16:10 | - | - | - | - |

「田平天主堂」(長崎県平戸市)が世界遺産推薦構成資産から除外される

 今日の新聞によれば、田平天主堂が世界文化遺産登録へ再挑戦する、構成資産から除外されると報じられている。
国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関から「禁教の歴史に焦点をあてるべきだ」と指摘を受けて取り下げた経緯があり、禁教期との関連が明確な施設に絞る狙いから、禁教令が解かれた後にカトリックが建てた天主堂ということがその理由ということです。

 残念でしたね。世界遺産になればその建物と周辺について保存義務が生じるため、幅広い支援をうけることになったのに。

 世界遺産にならなくても信者さんが、総出で海岸からレンガなどの建設資材を運んで建造した教会としての価値は少しもかわるものではありません。





 教会の内部

 縦方向に2列に柱が並び3つの区画に分かれた3廊式の内部の天井は、リブ・ヴォ−ルト(通称「コウモリ天井」)と呼ばれる木製ア−チが美しく、正面玄関の上には重厚な鐘楼が聳え立っている。
 
 
hirad3519 | 平戸の文化 | 18:03 | - | - | - | - |
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