平戸オランダ商館 

    平戸に行くと必ず平戸オランダ商館、正確にいうと平戸オランダ商館倉庫に行きます。

 

 建物をみていると窓の色、私には緑系にみえるのですが、その色がなんとも言えないですね。又1600年初期に建造されたもので、当時の日本人はどんな思いでこの建物をみたのかというのも興味あるところです。

 

 平戸オランダ商館はヨ−ロッパの大航海時代を象徴する建物です。

 

 

 

 

 できれば当時平戸にやってきた南蛮船も復活させれば、さらに歴史を想像させる契機にもなると思われます。

 

 平戸オランダ商館の跡地からは、中国の陶磁器が多数出土しています。

平戸の写真はその一部です。今回の帰省では有田にもいきました。陶磁器の歴史を展示しているのがあったけど、この陶磁器もそういった目でみると面白いところです。
 

 

 

 

 

 これは平戸オランダ商館跡出土遺物 

として中国の陶磁器などの説明をしているものです。

陶磁器の破片いがいにもオランダガラスの破片や、オランダや台湾のレンガなどが出土

していることを説明しています。


 

hirad3519 | 平戸の風景と建物 | 14:51 | - | - | - | - |

茶室 閑雲亭でお茶の先生からお点前をうけるはずだったのに!

 平戸に帰省すると必ず行くのが、松浦資料博物館と裏庭にある、茶室閑雲亭。

 

 新聞の連載小説を読み に図書館でもある平戸市未来創造館。次に平戸オランダ商館。

平戸オランダ商館では展示物をゆっくりみながら、最後にビデオをみて、次に松浦資料博物館に。

 

 博物館の人に今日は閑雲亭でお茶の先生が接待してくれることになっていると聞いたのに

 

 
 

 

残念なことに時間がありません。

心残りであったけど、ゆっくりした時間でないとと思い、お茶の先生ではなく、いつものように、お菓子の烏羽玉とお茶をいただいてきました。

 

 松浦資料博物館に行くときは、車でも行けるようになっていますが、私は階段を登っていきます。気持ちいいです。江戸時代の武士になったような気持ちです。

 
 

hirad3519 | 平戸の風景と建物 | 19:42 | - | - | - | - |

この頃 2018.12.29

 昨日28日は仕事納めの日。私も外に行きましたが寒かったですね。夕方は風もあってさらに寒く。長崎にも雪が降ったというテレビのニュ−スも。

 

 歴史好きの友人が短い時間でしたが平戸を訪問。

きれいな街で又いきたいと言ってました。平戸では平戸オランダ商館に行ったそうです。

鎖国で長崎の出島でオランダ貿易が行われる以前30年間が、ここ平戸オランダ商館で行われていたことを確認しました。
 

 

 

 昼食は漁協が経営している店でと言ってましたから、旬鮮館だと思います。

お城はこだわりがあるみたいで、復元されたお城にはあまり興味がないとか。船越に興味をもっています。船越とは地名ではなく(ちなみに平戸島南部の船越は小田町と野子町からなっています)、島や半島などでくびれたところを言います。こちらの海と向こうの海の間隔が近く、船を持ち上げて海から海へ越すことができるところから船越となづけられ日本全国には沢山あるそうです。

 

次回は一泊で平戸島南部まで足を延ばし、船越を見学してください。          

 

                   昨日は近くのバルのご主人から、以前平戸のお酒をあげていたお返しにと、焼き立ての大き              
                   なピザをいただきました。あつあつです。自宅で妻と一緒に食べたけど美味しかったです。        

hirad3519 | 平戸の風景と建物 | 14:14 | - | - | - | - |

角屋 田助(平戸北部)

 一週間がたつのが早いです。あっという間です。台風が沖縄にあって風速50メ−トルという大型台風、予報をみていると鹿児島から大阪、東京方面へ。平戸は予想の円からすこし外れているようで、なにごともないといいですが。

 

 この建物は100年前建てられたと言われる、国の登録有形文化財。もともとは旅館でしたが長いこと空き家で、その家を平戸市役所の国際交流員としてオランダからきていたR氏が買い取り改装して宿泊施設にするとか。外からみると屋根は改装済みと良くわかりますがそれ以外はとおもっていたら、二階の内部まで済んでいるらしい。
 

 

 それにしてもR氏の心意気すごいものです。誰にでもできるものではありません。改装されたあかつきには、外国人が沢山宿泊にくるといいですね。

 

 田助についての説明版がありました。永山邸の家伝には「当時多々良孝平の屋敷であった(角屋)が表の志士達の会合の場所で、明石屋が密談の場所」とあります。

 

 田助も地名だけはよく聞いていたのですが風待ち港として栄えた時期があったり、志士達が

あつまった歴史など、だんだん理解してきました。
 

hirad3519 | 平戸の風景と建物 | 15:27 | - | - | - | - |

田助 永山邸(明石屋)

 平戸出身ながら田助も初めて足を踏み入れる町です。説明によりますと4代平戸藩主松浦鎮信公が、小値賀島や壱岐から住民を移住させ海岸を整備したのが始まりだと言われています。平戸オランダ商館が壊され、オランダ貿易が長崎の出島で行われるようになり、海外貿易からの利益がなくなると平戸藩は改革にのりだしますが、その一環だと言われています。

 江戸時代後半になると、平戸瀬戸に面した田助港は、九州西岸を長崎、鹿児島まで南下する航路上の風待ち港として、多くの船宿や遊郭が設けられ繁栄しました。
 

 

 田助の人に聞きながら、永山邸へ、写真をとっていたら内から女の人の声が。奥さんの声で「観光ですかなかに入っていいですよ」。幸運でした。用事で外に行っていて帰ったばかりとのこと。ご主人が案内してくれました。外からはわかりませんが、なかは中庭を回廊をはさんで、広い大きな屋敷です。明石屋とは、江戸時代造船が盛んだったのは瀬戸内海で明石と関係があることからきているとはご主人の説明です。

 

 回船問屋で、海岸から船を引き込み、高い部屋の天井には船荷を引き上げて仕分ける器械がついています。今はその場所はカフェになっており、アマチュアのライブを行う会場にも

 
 

 

 なっています。私が平戸島南部出身とわかると、かんぼさんもライブやりましたよとのこと。かんぼストアの経営者の弟さんですか、楽器を吹くのがすきなようです。

 

 この明石屋は幕末、西郷 高杉 桂 坂本龍馬らが密談をした家といわれています。そのため、刀を持っては上がれない小さな階段や、さまざまな細工があるとのご主人の説明。

一度は火災で当時の家は焼失していますが、焼失前とそっくりに再現している。
 

 

 うえの欄間には「うさぎ」の彫刻がされています。船乗りが波がうさぎにみえると言って

うさぎと波をあわせて造ったという。

 

 その上の部屋は「虎の間」大黒柱が非常に特異な柱で、柱だけで家一軒建つほどの価値があるといわれている。

 

 最後は中庭ですが、写真の撮りかたが今いちです。向こう側から縦でこちらの一階と二階を狙えばきれいな写真になったと思います。

 
 

hirad3519 | 平戸の風景と建物 | 11:07 | - | - | - | - |

白岳  平戸島最北端の山

 渡唐大師立像を参拝したあとは、途中みた田の浦海岸が美しかったので海岸と旅館田の浦旅館をみてきました。残念ながら写真を撮らなかったので、他の写真を借りて載せています。一番最後の画像です。こんな旅館で海岸をみながら食事をするのもいいものです。来年の帰省が楽しみです。

 

 田の浦からの帰りに、道路沿いに白岳公園という案内板がありました。まさか白岳の頂上に行くとは思わず、ちかくに見晴のよい公園があるとおもって案内にそって上がり始めていたのですが、道はだんだん狭くなり次第に心配になってきました。乗ってる車は軽自動車
 

 

 ですが、対向車がきたらどちらかがバックする以外にありません。幸運にも対向車にあうこともなく細いどうろを走って白岳の頂上につきましたが、予想外の体験です。

 

頂上は広く浅いすり鉢状、草は手入れさている。360度のパノラマになるところですが、まわりの樹木が覆っていてはっきりはみえません。一番上の風景は手前が渡島、むこうの島が的土大島。次の写真は右端に生月島(そばにある小さい島は世界遺産の中江ノ島)、手前左側が古江湾の方向です。
 

 

 樹木に隠れてかすかに平戸大橋が見えます。

 

 白岳の頂上には電波塔があり、日露海戦で「敵艦みゆ」の第一報をうけたとの説明がありました。

 

 ここには大きい蝶々が乱舞していて、どの蝶々ににているか 平戸紀要第3号「平戸の自然誌」の昆虫の部でさがしたけどわかりません。黒っぽい大きい蝶々です。
 

 

 

 ちなみに魚のペ−ジをみていたら「オニカサゴ(おこぜあらかぶ)」がありました。全長24センチに達し、頭部の棘が発達するので、おこぜと呼ばれ、オニオコゼと混同されることがありますが、棘は無毒です。引き締まった淡泊な白身で、鮮度のよいものは、刺身でポン酢など柑橘系の調味料とよく合います。

 

 白岳のテ−マがオニカサゴまで脱線しましたが、まさか平戸島北端にある白岳の頂上に行くとは思ってもいないことでした。
 

hirad3519 | 平戸の風景と建物 | 12:43 | - | - | - | - |

東京・平戸北松会 2017.10.14

   東京・平戸北松会が昨日行われ参加してきました。

 

 平戸検定の東京での世話役、太田さん、平戸在住で最近は「被爆のマリア」を作曲し歌われている松口ようこさんの東京の後援会長をされている土肥さん、幹事の伊崎さん、志々伎の松瀬さん、志々伎からは福田酒造の社長さんが日本酒、焼酎、蒲鉾等の販売を兼ねて参加されていました。

 

 1年ぶりの再会と、ささやかな平戸の情報がはいってきます。
 

 

 

 松浦眞様が毎年撮影・出版されている、2018年のカレンダ−「平戸のふうけい」。

著作権の侵害にあたりそうですが、広報宣伝のため1月の平戸城をお許しください。

 2月 生月 道の駅からの夕景  3月 夕暮れの平戸大橋

 4月 木ヶ津の節句       5月 佐志岳(標高347メートル)

 6月 松浦資料博物館      7月 早朝の川内峠

 8月 獅子町よりの漁火     9月 生月大バエ灯台

10月 平戸ザビエル記念教会  11月 大島大根坂より

12月 志々伎山(標高347メートル)

私が感じたのは撮影されるポイントが、いつもみる風景より違う角度から撮影されていて新鮮。  夕暮れ 早朝 夜の漁火 月を背景など時間帯が違うのも特徴をもっています。

平戸では観光協会や観光案内所などで販売されていると思われます。

 

 

ちなみに東京・平戸北松会とは


 現在の平戸市、松浦市、小値賀町、佐々町、および佐世保市に合併編入した旧北松浦郡の吉井町、世知原町、宇久町、小佐々町、江迎町、鹿町町(「編入年」順)の出身者の、首都圏に在住する皆さんによって構成されるふるさと会。故郷を共にする人々の親睦団体です。  HPから

hirad3519 | 平戸の風景と建物 | 17:57 | - | - | - | - |

茶室 閑雲亭で

  平戸に行ったとき必ず訪れるのが、松浦資料博物館と茶室閑雲亭。

松浦資料博物館の展示物では、江戸時代の地図がいつもより沢山あったような気がします。

 

 写真は茶室に座ったまま、待合の裏側を撮ったものです。

 

 今回も待合で腰掛けてお茶を飲もうとしていたら、こちらへどうぞと茶室のほうに。

いつもと違って、すこしだけ茶道らしく。私に相手してくれた人は拳を握ったようにして両脇で畳に手をついて一礼。鎮信流?
 

 

 

 茶碗はまわさないでそのまま一度飲んでください。そのあとお菓子を食べてから抹茶を飲んでください。

あとはご自由にと言って下がっていきました。

 

 平戸に観光にいくのもその目的はさまざまとおもいますが、東京で住んでいるのがゴチャゴチャした街で、いつも時間に追われて生活しいる私にとってはこんな静かな雰囲気が一番です。
 

 

 

 松浦資料博物館の階段を上っていく途中の一場面。

 

 暑い夏の日でしたが、木漏れ日がさしていくらか涼しさが。

松浦資料博物館の階段をのぼるのは、写真でみると長い階段で大変そうにみえますが、大した距離ではありません。

 

 登るのも降りてくるのも簡単です。
 

hirad3519 | 平戸の風景と建物 | 19:04 | - | - | - | - |

ヒラドゲストハウス コトノハ

  愛知県から平戸に移住して、古い家を改修して宿泊施設にした人がいます。こちらも山彦舎とおなじように自分の力といくらか他の人の協力もえて完成させたようです。

 

 すごいですね。一泊3000円からの素泊まり。チェックインは16:00から。

私が行ったときはその時間より前だったのでまだしまっていました。

 

  コトノハのHPはこちらです  ヒラドゲストハウス コトノハ

 

 平戸南部の方に帰ろうと西肥バスタ−ミナルに行ったら、宮の浦いきが出たばかりでした。しばらく待つことになったので椅子にすわって次のバスを待っていたら、右前方にコトノハがみえます。16時頃になると電気がつき二階のカ−テンが開いたり動きだしたようです。玄関の前にあったテ−ブルと椅子には白人のカップルが、コトノハのお客さんでしょうか。

 

 昨年の帰省時は熊本地震の影響か観光客をあまりみませんでしたが、今年はいたる所で観光客をみました。松浦資料博物館では一人で、またグル−プで。西肥バスタ−ミナルで待っているときも、湯快リゾ−トの送迎バスが何回も行き来していたし、大型の観光バスも何台も走っていました。昨年とは違うようです。

 

 

   

hirad3519 | 平戸の風景と建物 | 18:14 | - | - | - | - |

2011年帰省時の平戸の写真から3枚

 2011年の夏帰省したとき撮った写真をみながら、私の好きな場所3ヶ所を選んでみました。

 

 まずは平戸城大手門前にある鳥居です。1619年の銘がある鳥居は、平戸島内にある石造鳥居で、年号の判明するもので最も古いといわれています。

 鳥居もさることながら、ここから亀岡公園に行く雰囲気が江戸時代を想起させ、そして静かなのがとてもいい。

 

 この時も年配の人が掃除をしていましたが、きれいに整えられている。

 
 

 

 松浦資料博物館に行く階段。

 

 江戸時代、平戸藩第5代藩主松浦棟によって平戸城が再建されるまで、平戸藩の藩庁としてお城の代わりをしていたところです。

 

 ここも江戸時代を思い出させる場所です。この場所は子供の頃から好きな場所で、生月に行く、船の時間待ちでよく行ったところで、いまも平戸に行って時間があると必ず尋ねる場所です。


 

 

 松浦資料博物館の奥庭にある、茶室閑雲亭。

 

 由緒のある茶室ですが、気軽に抹茶とお菓子を提供してくれ、静かで雰囲気がいいひと時を過ごすことができます。

 

 造られたのは明治になってからのようです。
 

hirad3519 | 平戸の風景と建物 | 19:21 | - | - | - | - |
1/6PAGES | >> |

07
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
LATEST ENTRY
CATEGORY
ARCHIVE
LINKS
PROFILE
SEARCH