平戸に関するテレビ番組と志々伎出身者の歌のリンクについて

    9月15日の「ガイアの夜明け」で平戸の城泊について放送があったようですが、番組があることに気が付きませんでした。知ってたらみたはずですが残念です。

 

 9月15日は平戸がでる「田舎での1000万円プレイヤ−」と三浦春馬の「おカネの切れ目が恋のはじまり」をみた。

 特に三浦春馬がでる番組については妻のテンションがたかく、「太陽の子」「世界は欲しいものにあふれている」など。「おカネの切れ目が恋のはじまり」は8月の終わりごろから9月15日とチェックしていた。三浦春馬は映画 舞台 テレビと活躍していてはたからみれば順風満帆。なぜ自殺しなければいけないのか理解に苦しむ。

 

 妻も活躍しているときはさほど特別な関心を三浦春馬にもっていたわけではないけど、亡くなってからは注目度が高く、そんなものかと私は首をかしげている。「おカネの切れ目が恋のはじまり」の相手役は松岡茉優で、「限界集落株式会社」「水族館ガ−ル」でのコミカルな役が好きで、私も妻に合わせるに異論はなく、みることに。

 

 「田舎での1000万円プレイヤ−」は先々週の予告で長崎といいながらも、何回も映し出される棚田が春日の棚田にそっくりなのでひょっとしたら平戸では思っていたら、あたりでしたね。紐差のアスパラガスの生産農家が1000万円プレイヤ−で、大きいス−パ−と取引するにはある程度の供給能力が必要で仲間になる農家、特に外から若い人が加わってくれれば、人口が増え一石二鳥だというような内容でした。

 番組の当初平戸の地図が赤で表示され、田平駅、平戸大橋、春日の「かたりな」での世界遺産の説明など、平戸の宣伝にもよくなっていた番組です。

 

 

 東京平戸・北松会で知り合いになった、志々伎出身の松瀬隆幸さん。南部中学では大石一久君と同年だったという。大学をでて神奈川県警に入り、警察官として定年まで勤めあげ、現在は第二の人生で仕事をしていますが、趣味がカラオケ。その趣味が昂じてCDを出すことになりました。ユ−チュ−ブでも松瀬隆幸で検索すれば、本人が作詞した「横浜縄のれん」と平戸の応援歌「平戸ふるさと」が出てきます。「横浜縄のれん」は若いころ勤務した横浜の昭和のイメ−ジで作詞したそうです。二曲を紹介します。

 

横浜縄のれん     

平戸ふるさと

hirad3519 | 平戸島南部 | 13:09 | - | - | - | - |

「五足の靴」をゆく  平戸編     森まゆみ著

   左の写真は王直居宅跡です。

 

 2012年8月帰省時に撮影したものですが、王直は1500年代前期の後期倭寇の頭領で、当時週刊ポストに「五峯の鷹」(安部龍太郎著)として連載された小説の影の主人公です。火薬の原料となる硝石や硫黄の貿易で戦国時代の大名に多大な影響を与えたと言われています。

 

 森まゆみ著「五足の靴」をゆく の、平戸再訪の場面でこの屋敷が登場します。

「五足の靴」とは、明治40年夏、与謝野鉄幹 北原白秋 吉井勇 平野萬里 木下杢太郎の五人が南蛮文化への興味を胸に九州にひと月の旅をした紀行文です。小作品ですが、それ以後の南蛮文化の流行に深く影響を与えている。

 

 
 

 

  森まゆみさんは、5人が旅行した足跡を聖地巡礼として10年がかりで丹念に巡りました。

 その成果が 「五足の靴」をゆく になっている。

 

 五人が平戸で訪れたのがこの王直の居宅の跡にあった下島家で、「案内された書斎は瀟洒として気持ちがよかった。窓から樟の大樹が見える。枝の間には300年前の開港場が見え透く」、「更に庭前には朝鮮から来た酒壺が累々と転がって居、室には古い阿蘭陀皿があるのを見ると、身辺に一種異様な雰囲気の逼るのを感ずるのであった」こう書いたのは南蛮文化研究に最も熱心だった木下杢太郎にちがいない。とあります。

 

 じつはこの本では約1ペ−ジにわたって大曲家を訪問したときのことが記されています。

そのなかの一つに、生ガキや魚のリュウキュウ漬けなどの昼食を頂いたこと、美味しい魚の食べられる町、そして美しい住まい、なんと豊かな暮らしだろうと描写されている、

 

 


 

hirad3519 | 平戸の文化 | 16:10 | - | - | - | - |

大型台風10号

いままでにない大型台風の情報が早い段階から報道されています。

 

昨日の台風の方向は中心線が平戸をさしていた。今日の情報は平戸のやや左のほうをさしている。先ほど津吉に電話をいれたら、今中野のホ−ムセンタ−にきているが、目的の物が売り切れで、これから平戸のホ−ムセンタ−にいくつもりとか。準備が1日遅いような気がするけど、いままでにない準備がうかがえる。実家のまわりでは話声はきこえず、板を打ち付けるなど台風対策の音だけが聞こえていたそうです。

 

実家は途中改築はしているものの古い家で、特に屋根瓦が古いままなので心配。

町を囲んでいる佐志岳や屏風岳が強風を和らげてくるよう期待しているものです。

 

佐世保の相浦川の近くに住んでいる娘夫婦は、会社が用意した建物に避難するようです。

 

台風の大きさが現在の925ヘクトパスカルから950ヘクトパスカルぐらいに下がってくれればいいのですが。

 

平戸にお住まいの方はご心配のことと思います。被害が最小であることを願っています。

hirad3519 | つれづれの記 | 12:30 | - | - | - | - |

この頃     8月になって−5   平戸の坂  2020.8.30

 昨日ブラタモリ長崎編をみていたら、たもりは坂が好きで坂がない町は魅力がないとまで言っています。そして坂が多い長崎を探訪している。長崎の出島の文化財発掘なども経験していた。

 

 左の写真はオランダ塀に沿った坂で、いきつく先はホテル旗松亭。

オランダ塀は400年前の平戸オランダ商館の塀が今も現存しているものです。商館の内部を目隠しするため造られたと言われている。

 

 平戸オランダ商館は徳川幕府によって破壊され、オランダとの貿易拠点は平戸から長崎の
 

 

 出島に移っていきます。

 

 

 

 左の写真は崎方公園に行く途中の坂。

先方公園は桜の名所であり、フランシスコ・ザビエルの記念碑や三浦按針(ウイリアム・アダムス)の夫婦塚があります。

 

 平戸は坂の多い町ですが、有名な観光地は皆車で行けるようになっていて、フランシス    
 

 

 コ・ザビエル記念碑や三浦按針の墓の近くには駐車場があります。

 

 

 この坂は名前はわかりません。崎方公園から降りてくるとき、下の道路にいく近道になります。

観光案内などにはでてこない坂ですが私がすきな風景で、坂が多い平戸を象徴するものです。

 

 そのほか、教会とお寺の見える風景も坂を登っていきます。

 

 松浦資料博物館の近くには「お部屋の坂」があり、この坂は横幅が広く長く続いていて、この坂を行くと大久保の馬場にいくようです。
 

 

 ブログほっこり奥平戸からは秋の佐志岳を紹介します。秋の佐志岳

 

 どの写真も綺麗な風景で、南部中学校の遠足で行ったことがあり、その時の写真がいまでもあります。

一人でもよく行ってその眺望を楽しんでいた。平戸島南部の山や野はほとんど一人で歩き回っていて、そのなかでも佐志岳は自宅から近く懐かしい場所です。秋の佐志岳は是非行きたいです。

hirad3519 | つれづれの記 | 18:10 | - | - | - | - |

この頃  8月になって−4  木ヶ津カトリック教会 2020.8.23

   2013年の夏帰省時、鄭成功記念館 普門寺 木ヶ津カトリック教会を見学しました。

写真は木ヶ津カトリック教会の内部です。いつも内部を見れるわけではありませんが運よく鍵がかかっていなくて内を拝見。壁に掛かっている14枚の絵画は、永井隆博士の「十字架の道行き」です。

 

 永井隆博士は医師で、自ら被爆しながら多数の被爆者を治療し救済した。永井博士が残した足跡と著作は、人類の負の遺産である原爆投下の第1級の証言と言われている。

 

 「十字架の道行き」は先が長くないことを悟った、キリシタンでもある永井博士が、キリス

                  トの死に至る14の場面を描いたものです。貴重なものをみることができました。

                  木ヶ津は平戸島の中部に属し、紐差町から海岸ぞいに行ったところにあります。
 

 ブログほっこり奥平戸からは、中津良川河畔に咲く水仙を紹介します。こちらです。中津良川河畔の水仙  

かなり沢山の水仙で、実際に見たら感動ものです。中津良川の河畔とはわかりますが、具体的にどの辺かわかりません。

上中津良出身の妻に聞いたら、橋があるから白岳神社の近くに見えるけど正確にはわからないとのこと。

 

 コロナで渋谷にもほとんどいかないけど、久しぶりに用事の帰りに東横のれん街にいってみたら、夕方ということもあって沢山の人で、みんなマスクをしているけどほとんどくっついて商品の品定め。私は必要な分みて帰ればいいけど店員さんは決まった時間勤務だから大変です。東横のれん街の魚やさんがやっている小さい寿司やさんがあるけどお客は一人もいない。

コロナ収束は2,3年かかるという人もでました。これからの倒産や失業の増加が懸念されます。コロナ感染の抑止に重点を置いたほうが結局経済もよい効果があると思うのですが両立が前提だから、どうなることやら。

hirad3519 | つれづれの記 | 18:15 | - | - | - | - |

この頃  8月になってー3  2020.8.15

 8月15日、今日は終戦の日。今からみるとよくあんな戦争ができたと思うのですが事実です。父の二人の弟は戦争に行ってますが生きて帰ってきている。母の二人の兄弟は戦死で今も実家には軍服すがたの写真を飾っている。明治時代から戦争 戦争でいきつくところが太平洋戦争。二度と戦争はおきていけないものですが,世界の雲行きはあやしくなっている。

 

 昨年の帰省は15日は大型台風の襲来で、15日予約していた新幹線を14日に変更して、14日の夜遅くには帰宅していました。予約の変更は意外と簡単で、又佐世保駅の窓口

の担当者が親切で、よくやってくれました。

 

 

 

 

 平戸に帰省するといつも行くのが、松浦資料博物館と茶室閑雲亭。

写真は茶室の内部です。

 小さい入り口は教えてもらいましたが、「にじりぐち」という、入り口だそうです。

小さい入り口ですが、武士も刀をおいて、茶室に入るように小さい入り口にしたようです。

「鎮信流」のお茶の稽古にも使われる茶室だとか。
 

 

 最近生月から舘浦漁協の定置網でとれて販売されている鯨の肉を送ってもらいました。渋谷の鯨肉専門のお店で食べてもそんなに美味しいと感じられず、期待はしていなかったけど、今回の赤身の鯨肉には驚きました。牛肉と赤身のマグロを一緒にしたような美味しいものです。鯨の種類など詳しいことは知りませんがもう一度食べる分があるので楽しみです。

 

 ブログ ほっこり奥平戸で好きな画像の一枚を紹介します。こちらです 野焼き後の佐志岳

佐志岳は2月頃春を告げ津野焼きをやっているようです。野焼き後の佐志岳もそうですが、私が好きなのは最後の礫岩と神船田園風景で三枚目の写真です。田んぼの色が何色もの緑でおおわれている風景が気に入っています。バス通りの国道からは遠いようなのでため池の土手から撮った写真でしょうか。

hirad3519 | つれづれの記 | 14:16 | - | - | - | - |

この頃  8月になってー2   2020.8.9

    今日は長崎に原爆が投下された日です。5年前のこの日、平戸の川内峠にいました。吉井勇の歌碑の近くです。

 11時頃、原爆が投下された時間を忘れていたので、サイレンが鳴り響いて驚いたことを覚えている。

 子供の頃は近くに被爆した人がいて時々当時の話をきいていましたが、戦争は悲惨です。

 

 

 

 

 川内峠はこの日は夏なので青々としていますが、秋はススキが草原一面にあって、箱根仙石原も真っ青です。仙石原より広いような気がします。

 

 近くにある囲炉裏料理 エビス亭での昼食の前のひと時でした。

 

 

 

 

 先週の日曜日、ポツンと一軒家をみました。今は過去に放送したものを紹介しながら今はどうしてるかをやっていますが、最後の予告の映像が海がみえる牛の牧場だったので、今日は立石(志々伎)の畜産農家がでるものと思っています。

 

 平戸にもコロナ感染者がでたようです。私はヤフーニュースで知りました。実家に電話したら各家庭に置いている防災放送で分ったそうです。感染者に対する誹謗・中傷は是非さけたいものですが、感染した経緯については参考になるため是非公開してほしいものです。平戸は高齢者が多いので感染が広がらないことを願っています。

 

 なにより感染者を少なくすることが、経済を動かす最大の要因とおもうのですが、政府は様子見を決め込んでいます。

沖縄の今日の新規感染は159名。人災だ。
 

hirad3519 | つれづれの記 | 17:45 | - | - | - | - |

この頃  8月になって 2020.8.2

いつもの夏は平戸への帰省が近づいて楽しみにしているのに、今年はコロナのせいで帰省できず、へんな気持ちです。

 

長崎は感染症に対する医療体制がしっかりしているので安心していたけど、このところの感染拡大心配です。長崎市 大村市 諫早市 佐世保など。

 

昨日は、白内障を抑制するための点眼液がなくなったので朝の9時ごろ、近くの眼科クリニックへ行ってきました。前を歩いている20歳代の若い人の足がおぼつかない。千鳥足とはこのことか。家は近くなのか、あるいはタクシ−を拾って帰るのか。マスクはしていないしやっとのおもいで歩いている。コロナのことなど頭にはないでしょう。そんな人がいるのは深夜から朝までやっている飲食店が近くにあるからです。若い女の人が朝から酔っ払っているのをみたこともある。

 

 コロナに対する意識が人によってまったく違う。30歳代 40歳代の息子のお客さんがきて話をしているのを聞いていて、みんな怖がっている。これを機会に夜の仕事から昼の仕事に変わりたいと話す人もいるけど、千鳥足の若い人のようになんとも思わない人がいるもんです。

 

 3月、4月頃の怖さは、コロナに感染しても検査をしてもらえない、治療をしてもらえないという怖さがあったけど、今はコロナの感染が増えるだけで少なくなる要素がないことが怖さです。政治評論家の田崎史郎さん、先週も同じことを言っていたね。政権は対策はないのです。国民一人一人がマスクと手洗いで身を守るしかないと。十分注意していても感染するときは感染するもの。感染が増えるとそれだけ経済のうごきもにぶくなるだけです。

 

hirad3519 | つれづれの記 | 18:18 | - | - | - | - |

「海神の子」書籍化に期待  平戸舞台、直木賞作家 川越さんの歴史小説

 諫早ではがけ崩れで被災者でてしまいました。金曜日NHKの7時のニュースをみていたら、生月大橋の近くのがけ崩れの映像がでていて驚きました。被災者がでなかったので幸でした。

 

 猶興館高校同窓会の同窓会誌 第62号 が家にあります。私は猶興館高校出ではありませんが妻が同窓生なので、少し読んでみたら,2020.1.18の記事が引用されています。福田章記者の署名入りです。この記者さんの名前には覚えがあって、的山大島出身で平戸南部の佐志岳の頂上からの写真を掲載した人だと思い、私のブログを探してみたら「奥平戸ウォーキングツアー」に同行しての記事を書いた記者でした。

 

 最初の記事に戻ると「背高泡立草」で芥川賞をとった古川真人さんと一緒に、直木賞をとった川越宗一さんが、東アジアの英雄と呼ばれる鄭成功の母で、平戸出身の田川マツを描いた「海神の子」を執筆中とのこと。書籍化されると平戸を舞台にした歴史小説になります。

平戸観光ウェルカムガイドの籠手田理事長が取材にきた川越宗一さんを平戸を案内したり、川越さんとの関係が記事になっている。

 

 平戸を舞台にした小説がでるとは嬉しいものです。

 

 

 

 

hirad3519 | 平戸の人物 | 20:56 | - | - | - | - |

夏はハマボウ

「ほっこり 奥平戸」 というブログがあります。だれが作成しているのかわかりません。平戸南部の各地区のまちづくり運営協議会と関係があるのかもしれません。最近掲載された画像に古田湾や中津良のハマボウがあり懐かしくなりました。それがこちらになります。古田湾のハマボウ 

 

  先月、天皇陛下が子供のころ、奥浜名湖の小さい半島にある会社の木造の保養所を借りて、毎年のように夏になるとその保養所にいき、浜名湖で水泳をしたり、地元の小学校の子供と一緒にソフトボールをするテレビ番組をみたことがあります。

天皇になって近くであった行事に参加したおり、その保養所を訪問されている。保養所は昔のまま保存されているので天皇陛下もきっと懐かしく、いろいろな思い出が浮かんできたものと思われる。

 

 私達が通学した津吉小学校や、南部中学校の当時の木造の学校はすでに鉄筋コンクリート造りに変わってしまって、懐かしさもいまいち、思い出すのは木造時代の小学校や中学時代の出来事。建造物に懐かしさがなくなればあと残るのは故郷の自然。佐志岳や古田湾のハマボウなど。暑い夏田んぼを見渡しながら歩く空気感も懐かしいものです。

 

 毎年帰省していた8月の夏も今年はコロナのため帰れなくなりました。「ほっこり 奥平戸」をみながら帰省したつもりにすることにします。

 

 

 

hirad3519 | 平戸の花 | 19:58 | - | - | - | - |
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