西日本大豪雨

 6月は外回りが多く、行く先々で仕事がおわると居酒屋などで日本酒を良く飲みました。ブログのテ−マもこうしたものについて書こうと思っていました。

 

 7月6日は川崎へ、川崎も羽田飛行場のちかく、海岸の近くになります。近くの駅から相当あるきますが、帰りは川崎のあの店で、おいしいお酒が飲めるのを楽しみに遠くてもなんともありません。

 

 至福のひと時をすごして自宅に戻ったところ、西日本は大変なことに。佐世保がテレビの画面に映るは、気象庁の予報担当者は今までにない大豪雨になるので注意するように、危ないところでは避難するようにと、今までみたこともないような緊迫した雰囲気を醸し出している。そんなのを見ていたらブログをかくのも気が重くなってきました。

 

 翌日、翌々日は岡山など広範囲が被害地に。遠くのことと思っていたら、いきなり緊急地震警報、震源地は千葉と、間もなく私のまわりもユラユラと動きだした。おもわず東日本大震災のときを思い出しました。

 

 今回の大豪雨をみるに、数十年ぶりのものすごい大雨が降るとなすすべがない。結構高い川も溢れるし、崩れないような山も崩れる。それも日本中どこでもそうなるかもしれない。怖いものです。まだまだ大豪雨の被害は続いています。私達には想像もできない事ですがなんとか落ち着く日がくることを願っています。

hirad3519 | つれづれの記 | 20:34 | - | - | - | - |

棚田の集落 内なる信仰250年   長崎・熊本の12資産 世界遺産へ

  この記事は6月24日(日)の朝日新聞のものです。24日から始まるユネスコの、世界文化遺産の国際会議の開催にあわせて掲載されました。

 

 大阪の地震やサッカ−W杯の影にかくれて世界遺産のニュ−スはあまりみかけませんが、朝日新聞は2面1ペ−ジを使って大きく報道しています。

 

 春日の棚田がおおきく取り上げられました。記事の内容の1/3は春日集落、棚田、安満岳、中江ノ島などに関わるもので、右側に「潜伏キリシタン」と「かくれキリシタン」の違いなどが説明されています。

 

私も帰省したとき何度か春日の棚田にいきました。そのときトラクタ−を一人で運転しているおばあさんがいましたが、この記事で日課の墓参りにトラクタ−を使う寺田ソノさん(91)とありますが、もしその人だったとしたら年齢からみて驚きを隠せません。

 

 記事がおおきすぎて全部を掲載できませんが、下のほうに「かくれキリシタン」減り続け400人 として生月島のかくれキリシタンを中心に説明がされています。


 

hirad3519 | 春日(平戸西岸) | 16:16 | - | - | - | - |

「平戸ミステリ−ロ−ズの会」その後の活動

 マイガ−デン 2018年 夏号 が出版されました。その中に「平戸ミステリ−ロ−ズの会」その後の活動が掲載されています。

 

 ミステリ−ロ−ズとは、園芸種のバラで、古いためその由来も名前もわからなくてなっているものとされています。くわしくは、「平戸ミステリ−ロ−ズの会」代表 大曲淳子さんがくわしく書かれていますので、下記の部分をクリックしてください。

 

 平戸にあったそのような幾種類ものバラを、バラの研究者、御巫由紀先生が平戸ミステリ−ロ−ズとなずけ、保存や、もっとほかのバラがないかの情報収集、さまざまな種類のバラを一か所に集めて栽培すれば、開花期や花色の比較が容易になる、又違ったバラにスタディネ−ムをつけるなどのアドバイスをされています。

 

 平戸から始まったミステリ−ロ−ズは、京都 佐倉 に、そして今回の夏号では山口、津和野、宇部と広がりをみせている。

 

「平戸ミステリ−ロ−ズの会」の活動は、北松農業高校の生徒さんの生物生産科植物科学コ−ス草花専攻の学生さんも向き合い、学年末には平戸ミステリ−ロ−ズ図鑑の作成を目標にしているとか。その様子が今季号にくわしく説明されています。

 


                                  ミステリ−ロ−ズとは         http://hanausagi2010.jugem.jp/?eid=2103

 

 

 2014年夏号の表紙を飾ったものの、まだスタディネ−ムがついてなかったHM15のバラに「薄香」という名前がつきました。

 

 薄香越えの武家屋敷にあるミステリ−ロ−ズです。薄香は、随筆集「甲子夜話」にその名の由来がみられ、「梅の香が薄く香る地」と言われています。

 

 同じように薄香の由来が志自岐惣四郎著「平戸の伝説と逸話」にも出てきます。

 

右側上の写真は、森酒造場の側にある川ぞいに平戸ミステリ−ロ−ズを植えている会の方の活動が掲載されています。

 


 

hirad3519 | 平戸の花 | 18:38 | - | - | - | - |

この頃 2018.6.18

 今日の仕事の始まりは大阪北部を震源とする地震のニュ−スからでした。震源域に高槻 枚方という地名が。

 

 高槻は私のすぐ上の姉が学校を卒業して就職したところであり、この地域には南部中学校の同年も多数住んでいる。兄さんが長崎大学の医学部をでて医師になり本人は建設業をやっている人、度島の男性と結婚した女性など中学時代の顔が思い出されます。

 

 若気のいたりで”憂いことのなおこのうえに積れかし、限りある身の力ためさん”という短歌を、10代の頃どこからか引っ張りだして手紙をだしたら、当のその本人ではなく横で読んでいた女性がいままで記憶しているという奇跡みたいな人など。

 

 震度6弱と聞いて相当の被害がと想像していますが、大変な事態にかわりはないものの、ニュ−スをみていると想像よりも下回っているようにみえます。どうか元気でいることを祈っています。

hirad3519 | つれづれの記 | 20:58 | - | - | - | - |

松口ようこ  ピアノ弾き語り  7月14日(土)  高円寺スタジオK

 平戸在住ながら2015年映画「この国の空」の挿入歌をうたい、門谷憲二プロデュ−スのCD「ことのはのたゆたひ」、CD「被爆のマリア」を全国展開。NHKの歌番組にも出演されています。

 

 その松口ようこさんが7月14日(土)高円寺のスタジオKでコンサ−トを行います。

開場は14:30 開演は15:00 前売り¥3000 当日¥3500

 

 スタジオKのミスで開場17:30 開演18:00に変更になりました。

入場料も無料に変更になったという連絡がきています。7月7日 11:00

 

 このチラシは猶興館高校東京同窓会に参加した妻が持っていたものです。いつもは同窓会に参加しない妻がどういう心がわりか参加して、よかったよかったと喜んでいました。松口さんが妻が座っていたテ−ブルの近くにきたので、挨拶して写真まで撮ってきている。

 

 松口さんが作曲し歌っている、名曲「平戸二度咲きさくら」の作詞をされた種ヶ嶋先生と同年で、種ヶ嶋先生を含む同年で二次会に行きいろいろな話ができたと喜んでいた。

 

 7月14日のコンサ−トにもなんとなく行きそうな感じがしています。平戸が恋しくなってきたようです。

 

 松口さんは「平戸二度咲きさくら」の保存・普及にも尽力されているので、すこしずつ増えていきそのうち沢山の平戸二度咲きさくらをみることができるでしょう。そういえば最近はじまった朝日新聞の連載小説の題は「ひこばえ」です。
 

hirad3519 | 平戸の文化 | 19:02 | - | - | - | - |

世界遺産が話題にのぼる

 2.3日前の話ですが、息子のお客さんにフリ−のスタイリストがいます。私の事務所で経理の打合せが終り雑談しているとき、「来週五島の教会がある島に撮影で行ってくる、世界遺産になったら撮影ができないので」といった話をしている。五島の教会がある島ってどこの島と私が聞くと、覚えていないらしく、スマ−トフォンで確認しながら、野崎島と答えてくれた。

 

 平戸にも世界遺産の候補地あるんだけど、と私が言うも、「平戸ってどこ?」と平戸は知らない様子。どんな番組の撮影かしりませんが、番組の企画書を作るひとだったら世界遺産についての全体像ぐらい調べるはずですが、スタイリストだとそこまで知らなくていいのだろう。それでも平戸は知らないといわれると残念です。

 

 逆に私のほうも、潜伏キリスタン関連資産では平戸の構成資産と大浦天主堂ぐらいしか知らないので

これでは話がはずまないと反省。手許にあった長崎県世界遺産登録推進課が制作したパンフレットをみ
 

 

 

 直すことにしました。表紙と裏ペ−ジにあった12の構成資産です。その他「世界遺産としての価値」「構成資産の位置づけ 機〇呂泙蝓 ´供〃狙  掘^飮、拡大  検(冤董⊇わり」と構成資産の集落内などにある教会堂の見学を希望される皆様へからなっています。もうすこし潜伏キリシタン関連遺産について理解を深めようと思っています。

 

 このパンフレットをどこで手にいれたかははっきり覚えていません。帰省したとき観光案内所で、あるいは平戸・北松会か、またはみかわち焼きの豆皿やプティタプティのお菓子を置いていたプレインピ−プル青山か。プレインピ−プル青山にもパンフレットをおいてあったので可能性は一番高いと思われます。

 

昨日2日の日経夕刊「親子スク−ル」でも 世界遺産どのように選ぶ?で 広告を除きほぼ1ペ−ジにわたって掲載されていました。そこでも日本では今年「潜伏キリシタン関連遺産」(長崎・熊本両県)が文化遺産に登録される見通しなの。と述べられている。
 

hirad3519 | 春日(平戸西岸) | 19:07 | - | - | - | - |

森酒造場の新酒 飛鸞純米40,純米50,純米60

 あの有名な日本酒「浦霞」の蔵元で修業されてきた森酒造のご子息が、5代目として初仕込した精米割合が40 50 60と違う三種類の日本酒を発売されました。

 

 そのうち飛鸞純米40をいただきました。甘みがあり肉料理などにあう食中酒にと薦められているお酒ですが、よく冷やして飲みましたがとても美味しかったです。甘みも私にはちょうど良かった。酒をのまない妻が、横でいい香りがすると言っている。純米40 純米50は吟醸でお米は山田錦を使用している。純米60は平戸根獅子の棚田米を使用しているとのことで辛口だそうです。

 

 旅行すると地元の日本酒を飲みたいのは日本酒の好きな人にとっては楽しみの一つです。

この飛鸞純米40はお薦めの地酒です。平戸牛と一緒に飲むと至福のひとときになるものとおもわれます。

 

 

 

 

 

 ところで銘柄「飛鸞」はなにげなく使っていましたが、鸞というのはどんな鳥か知らないのですこし調べてみました。鳳凰の一種だそうです。鳳凰とは中国で、聖徳をそなえた天子の兆しとして現れるとされた孔雀に似た想像上の瑞鳥と言われています。純米40の裏側の説明に「平戸の地名は、海より眺めた平戸の島影が神霊の精が鳥と化した鸞が飛ぶ立つ姿に似ていた事から飛鸞島と名付けられ、転じて平戸となったと言われたことから命名いたしました。とあります。左の絵は長野県小布施のあるお寺の天井画で、葛飾北斎が描いた鳳凰です。

 

hirad3519 | 平戸の酒 | 21:08 | - | - | - | - |

礫岩

 平戸南部、大佐志と早福にかけて礫岩という岩山があります。頂上にたつとまわりは断崖絶壁、眺望は360度で絶景。子供の頃なんどか登ったことがあります。最初は昆虫採集が好きな兄に連れられて登ったのが最初です。当時は中腹に背丈より低い木や草があって、蝶々が棲息しやすい場所があり、大きい綺麗で立派なのがいたんですが今は木が生い茂って蝶々が棲息しているかどうかはわかりません。

 

 「平戸の文化と自然」を読んでいると礫岩にはミヤマビャクシンという貴重な植物があって

大切に守りたい樹木です。とあります。私はミヤマビャクシンというのはどんな樹木かといつも思っていたけど、園芸的には「真柏」

とあります。テレビで盆栽の番組をみたことがありますが、真柏を使って立派な盆栽をつくっている様子がでていたので、このことか

と初めて知ることができましたが。私達が礫岩には崖の手が届かないところに白檀があると言ってましたが、ひょっとしたらこのミヤマビャクシンのことを白檀といってたのかもしりません。

 

 「平戸の文化と自然」には礫岩という大変特徴的な岩があります。佐志岳(347メ−トル)からつながって伸びる岩山の姿は、標高287メ−トルとそう高くはないものの、すばらしい景観を持っていて、早福側や猪渡谷側から眺める姿は美しいものです。

と書かれている。

 

 写真は西浜からみた礫岩

hirad3519 | 平戸島南部 | 08:49 | - | - | - | - |

それからのFirando(森酒蔵純米酒)

 

 今年の夏、世界文化遺産に登録が予定されている、「春日の棚田」の棚田米で醸造され昨年秋に発売された、白ワインのような純米酒、Firando。もったいなくて飾っていると言っていた20代後半の女性が事務所に来る機会がありました。

 

 私の顔をみると向こうの方から、「友達と一緒にFirandoを飲んだら”めっちゃ美味しかった”ので友達がネットで探して、さらに5本とりよせ、もう一度飲んだけと、とても美味しかった」と私に報告。

 

 若い女性の評価が高いです。もっとこの日本酒が広く知られるようになったら、もしかしたらヒット商品になる予感が。

 


 

hirad3519 | 平戸の酒 | 19:20 | - | - | - | - |

伊能忠敬と平戸藩  没後200年記念企画展  松浦資料博物館

 松浦資料博物館では4月1日(日)〜6月30日(土)に伊能忠敬没後200年記念企画展が行われている。

 

 伊能忠敬は江戸時代、日本地図を作製した偉人としてよく知られています。江戸時代の人は今では考えられないような偉人が沢山いますが、そのなかでも伊能忠敬には驚愕させられる。日本中を歩いて測量している。平均寿命60歳の時代に55歳から17年の年月をかけて。

 

 佐原に行ったとき、伊能忠敬は佐原出身ということを初めて知りました。伊能家という蔵元に養子にいき、50歳までは事業で活躍し、引退。江戸にでて天文学を学び55歳から弟子たちと測量をはじめます。

 

 

 

 

 

 

 チラシによれば、9代藩主静山は、測量終了後、平戸藩領の地図をひそかに平戸藩に渡すよう忠敬と約束を交わす。忠敬没後弟子たちが地図を完成し、松浦家に納入されました。松浦資料博物館に所蔵する伊能図は由来が把握できる貴重な伊能図であることが指摘されています。

 

 松浦資料博物館に所蔵する平戸図、九州図をはじめとして、9本に軸装された伊能図ほか、松浦家に伝わる天体観測・測量道具などを公開。

 

 副題として「人間は夢を持ち前へ歩き続ける限り、余生はいらない」とあります。ある意味いい年齢に達して情熱をもつものに出会った伊能忠敬は幸せであったともいえる。


 

hirad3519 | 平戸の文化 | 16:27 | - | - | - | - |
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