平戸城について

 私は平戸出身ながら平戸については、「平戸の文化と自然」を読むまではほとんどなにも知りませんでしたが、「平戸の文化と自然」でいろいろなことを知ることに。

そのなかで平戸城について紹介します。

 

 平戸の領主平戸松浦氏は鎌倉時代から明治にかけておよそ700年間、平戸の領主であり続けました。大名については転封、領地替えが多いなか特異な形態です。

松浦家11代松浦持が1225年に御館山城を築き、1352年には松浦家16代勝が白狐山城を筑くと、松浦氏は永く居城とし、室町時代、戦国の世を過ごしました。

 

 豊臣秀吉の朝鮮出兵で、朝鮮に出陣した第26代鎮信は凱旋の翌年1599年に現在の亀岡に日の岳城を筑きます。この城はいままでの城と違って櫓や塀、石垣、門扉を備えた大規模な近世城郭でしたが、1613年に焼失してしまいます。

 1600年の関ヶ原の戦いに松浦家は参戦しなかったため、徳川家と極度の緊張関係にあり徳川家からの敵意をやわらげるため、鎮信が自ら火を放ったものとの風説がある。

 

 数年の空白がありますが、現在の松浦資料博物館の地に御館を建設し、居館・藩庁とし、貿易全盛の頃は松浦氏はここで過ごしました。

 

 徳川時代も元禄時代になると落ち着き文治の世になると、松浦家第30代で平戸藩第5代藩主松浦棟は、いままで譜代大名が就いていた寺社奉行に外様大名として抜擢される。

徳川家との関係もよくなり、亀岡に平戸城を築城1718年完成します。

 

 しかしこの城も明治維新の廃城令で取壊しにあいますが、昭和37年に復活し今日に至っている。

 

    ブログほっこり奥平戸ではコスモスが咲いています。

中津良ということですが具体的な場所はわかりません。

hirad3519 | 平戸の歴史 | 10:09 | - | - | - | - |

この頃   2020.10.11

台風14号

 台風14号は不思議な動きをしました。一時は東海地方に上陸、雨量500ミリかとの報道もあり、一瞬以前起った三重県の災害を思い出し心配したけど、上陸しなくて最悪の事態は避けられたようでよかった。

 

デジタル化

 デジタル化が言われていますがついていくのがせいいっぱい。三井住友VISAカ−ドを利用しているけど、明細書の通知が郵送からWEB明細にかわるので登録するようにと、会社も強気です。やっとの思いで登録したけど。できるようになると便利。

三井住友銀行のパソコンバンキングをやっている。部屋にいながら振込ができるので便利ですが、10月5日全面リニューアルになりました。多分前から案内はきていたはずですが、読まないので、3日に利用したばかりなので驚いてしまいました。いままでのパスワードでなかに入ってはいけるけど次の段階に進めない、サ−ビスセンタ−に電話するも混んでいてつながらない。当分パソコンバンキングは利用できません。

 

 政府のデジタル化がうまくいかないのは、政府が国民に信頼されていないから。信頼されるように襟を正すことがなにより前提です。

 

COBID-19

  コロナ感染は検査数が多いと、陽性者も多く、検査数が少ないと陽性者も少ないといった

状況で東京は推移している。このことは、どこに感染能力がある無症候の人がいるかわからないので、高齢者の人は必要最小限の用事以外は動かないでしょう。

それでも外に出るときはマスクを忘れることが多くなり、バックには予備のマスクを準備している。

 

朝ドラ「エ−ル」

 最近のエ−ルをみていると、この歌もあの歌も戦前古関裕而が作曲した歌とわかって驚いている。予科練の歌もそうです。土浦に2年間ほどいたので予科練の歌はよく歌つていました。私は音痴ですが、荒城の月と予科練の歌だけは妻によればちゃんと歌っているそうです。音符を見ないで曲をなんども聴き歌いやすいのであればなんとかなるかもしれません。

予科練の歌ですが、詩を読んでいると今では1番はなんとか歌えるけど、2番以降はちょっと無理です。

hirad3519 | つれづれの記 | 13:59 | - | - | - | - |

今朝8時からのNHK小さな旅は福島県南会津町

 

  日曜の8時は、TBSのサンデ−モーニングとNHKの小さな旅が重なってしまいます。

小さな旅をみていたら茅葺屋根の家がでてきたので、こちらの番組に引かれてみることに。

近くの駅からバスでながく山奥に入っていく南会津町。立派な茅葺葺の家がいくつもあるのは見事です。夫に先立たれた80、90代の高齢者のおばあさんが元気に茅葺にする茅を切って保存したり、農作物を茅で鳩から守ったり、肥料に使ったりしている。先祖からの知恵だそうです。

 

 若いころから郵便局に勤めていて、見て見ぬふりはできないと、おばあさんの畑仕事を手伝ったりしている70歳の男の人は、若手に入るとみんなに頼りにされて苦笑いしている。

 

 茅葺屋根の葺き替えは集落の人総出でおこない、2ヶ月ほどかかるという。みんな協力しあう結の心の「かやの里」で、こんな番組をみていると癒されます。

 

 

 

hirad3519 | つれづれの記 | 13:15 | - | - | - | - |

ガイアの夜明け  平戸城  城泊

 金曜日の18時から「ガイアの夜明け」の再放送をみることに。

一泊100万円の城泊。私にとっては想像力が働かなくてコメントのしようがありませんが、5人までということで、閑雲亭での鎮信流のお茶の接待 江戸時代から伝わっているお茶菓子 亀岡神社での神楽 定置網などの体験を含めて一人20万ということであれば、理解力の範囲に入りそうな、入らないような。

 

 私が平戸城の天守閣から見た風景では、相撲場は見えなくて猶興館高校の屋根が見える程度だと思っていたけど、木を切ってしまったのか、相撲場や猶興館高校が近くに良く見えるような感じがします。そんな場所に一泊100万円の宿泊施設があることにちょっと違和感があります。その他にも感じることがいくらかありましたが、専門家やJALがやってることですから感想を述べることは控えることに。

 

 要は、こういった事業を起爆剤にして、観光地としての平戸の認知度を高め、沢山の観光客に来ていただくことが大事だと思います。

 

AERA 2013年8月5日号に、外国人が「歩くだけで幸せ」と絶賛する日本の街という記事があります。

 

実は今、広島が外国人旅行客の間でブ−ムになっている。

「ヨーロッパ人に日本で知っている都市を二つ挙げなさい、と言ったら、東京と広島と答える人は多いと思いますよ」

 

 そう話すのは、今回、広島を外国人目線で教えてくれた、広島経済大学助教のポ−ル・ウォルシュさん(45)だ。イギリス出身だが、在住外国人のためのウェブサイトや、外国人観光客のための広島ガイド地図を発行するなど、広島の外国人向け観光事業に積極的に協力する。英国の大学時代に日本に興味をもち1991年に来日。大分県別府市で3年暮らした後、96年から広島で家族と暮らす。

 

 「最初は別府が懐かしかったんですが、昼間に街歩きをするようになると、オシャレな人が多いことに気づいた。ひょっとしたら隠れ家としての広島があるのではないか、と思うようになりました。」

 ポールさんが話すように、広島の街歩きは楽しい。市は人口110万人以上を抱える、中国・四国地方最大の都市にもかかわらず、すべてがコンパクトにまとまっている印象だ。路面電車の路線規模は日本一で市内均一150円。足として手軽に使用できる市内には6本の河川が流れ、川の雁木(がんぎ)(川へ降りる階段)を乗船場にする水上タクシ−は風情がある。水辺にはこじゃれたカフェがあったり、牡蠣を食べさせる店があったり。そんな街歩きを楽しむ外国人旅行者も多い。

 

 ロシア人のイレ−ナ・アンドリ−ヴァさん(33)が日本を訪れたのは4回目。資料館へ行ったことはないが、日本の都市の中で一番広島が好きだと言う。どこが一番好きかと尋ねれば。

 

「ん−、街を歩くこと。ただ歩いているだけで幸せな気分になれるのが広島なんです。」

 

広島市と市民が長い期間をかけて築いた広島の街だと思います。平戸市も城泊と相乗効果で、魅力ある街として沢山の観光客が訪れるようになることを期待しています

hirad3519 | 城泊 | 14:48 | - | - | - | - |

平戸に関するテレビ番組と志々伎出身者の歌のリンクについて

    9月15日の「ガイアの夜明け」で平戸の城泊について放送があったようですが、番組があることに気が付きませんでした。知ってたらみたはずですが残念です。

 

 9月15日は平戸がでる「田舎での1000万円プレイヤ−」と三浦春馬の「おカネの切れ目が恋のはじまり」をみた。

 特に三浦春馬がでる番組については妻のテンションがたかく、「太陽の子」「世界は欲しいものにあふれている」など。「おカネの切れ目が恋のはじまり」は8月の終わりごろから9月15日とチェックしていた。三浦春馬は映画 舞台 テレビと活躍していてはたからみれば順風満帆。なぜ自殺しなければいけないのか理解に苦しむ。

 

 妻も活躍しているときはさほど特別な関心を三浦春馬にもっていたわけではないけど、亡くなってからは注目度が高く、そんなものかと私は首をかしげている。「おカネの切れ目が恋のはじまり」の相手役は松岡茉優で、「限界集落株式会社」「水族館ガ−ル」でのコミカルな役が好きで、私も妻に合わせるに異論はなく、みることに。

 

 「田舎での1000万円プレイヤ−」は先々週の予告で長崎といいながらも、何回も映し出される棚田が春日の棚田にそっくりなのでひょっとしたら平戸では思っていたら、あたりでしたね。紐差のアスパラガスの生産農家が1000万円プレイヤ−で、大きいス−パ−と取引するにはある程度の供給能力が必要で仲間になる農家、特に外から若い人が加わってくれれば、人口が増え一石二鳥だというような内容でした。

 番組の当初平戸の地図が赤で表示され、田平駅、平戸大橋、春日の「かたりな」での世界遺産の説明など、平戸の宣伝にもよくなっていた番組です。

 

 

 東京・平戸北松会で知り合いになった、志々伎出身の松瀬隆幸さん。南部中学では大石一久君と同年だったという。大学をでて神奈川県警に入り、警察官として定年まで勤めあげ、現在は第二の人生で仕事をしていますが、趣味がカラオケ。その趣味が昂じてCDを出すことになりました。ユ−チュ−ブでも松瀬隆幸で検索すれば、本人が作詞した「横浜縄のれん」と平戸の応援歌「平戸ふるさと」が出てきます。「横浜縄のれん」は若いころ勤務した横浜の昭和のイメ−ジで作詞したそうです。二曲を紹介します。

 

横浜縄のれん     

平戸ふるさと

hirad3519 | 平戸島南部 | 13:09 | - | - | - | - |

「五足の靴」をゆく  平戸編     森まゆみ著

   左の写真は王直居宅跡です。

 

 2012年8月帰省時に撮影したものですが、王直は1500年代前期の後期倭寇の頭領で、当時週刊ポストに「五峯の鷹」(安部龍太郎著)として連載された小説の影の主人公です。火薬の原料となる硝石や硫黄の貿易で戦国時代の大名に多大な影響を与えたと言われています。

 

 森まゆみ著「五足の靴」をゆく の、平戸再訪の場面でこの屋敷が登場します。

「五足の靴」とは、明治40年夏、与謝野鉄幹 北原白秋 吉井勇 平野萬里 木下杢太郎の五人が南蛮文化への興味を胸に九州にひと月の旅をした紀行文です。小作品ですが、それ以後の南蛮文化の流行に深く影響を与えている。

 

 
 

 

  森まゆみさんは、5人が旅行した足跡を聖地巡礼として10年がかりで丹念に巡りました。

 その成果が 「五足の靴」をゆく になっている。

 

 五人が平戸で訪れたのがこの王直の居宅の跡にあった下島家で、「案内された書斎は瀟洒として気持ちがよかった。窓から樟の大樹が見える。枝の間には300年前の開港場が見え透く」、「更に庭前には朝鮮から来た酒壺が累々と転がって居、室には古い阿蘭陀皿があるのを見ると、身辺に一種異様な雰囲気の逼るのを感ずるのであった」こう書いたのは南蛮文化研究に最も熱心だった木下杢太郎にちがいない。とあります。

 

 じつはこの本では約1ペ−ジにわたって大曲家を訪問したときのことが記されています。

そのなかの一つに、生ガキや魚のリュウキュウ漬けなどの昼食を頂いたこと、美味しい魚の食べられる町、そして美しい住まい、なんと豊かな暮らしだろうと描写されている、

 

 


 

hirad3519 | 平戸の文化 | 16:10 | - | - | - | - |

大型台風10号

いままでにない大型台風の情報が早い段階から報道されています。

 

昨日の台風の方向は中心線が平戸をさしていた。今日の情報は平戸のやや左のほうをさしている。先ほど津吉に電話をいれたら、今中野のホ−ムセンタ−にきているが、目的の物が売り切れで、これから平戸のホ−ムセンタ−にいくつもりとか。準備が1日遅いような気がするけど、いままでにない準備がうかがえる。実家のまわりでは話声はきこえず、板を打ち付けるなど台風対策の音だけが聞こえていたそうです。

 

実家は途中改築はしているものの古い家で、特に屋根瓦が古いままなので心配。

町を囲んでいる佐志岳や屏風岳が強風を和らげてくるよう期待しているものです。

 

佐世保の相浦川の近くに住んでいる娘夫婦は、会社が用意した建物に避難するようです。

 

台風の大きさが現在の925ヘクトパスカルから950ヘクトパスカルぐらいに下がってくれればいいのですが。

 

平戸にお住まいの方はご心配のことと思います。被害が最小であることを願っています。

hirad3519 | つれづれの記 | 12:30 | - | - | - | - |

この頃     8月になって−5   平戸の坂  2020.8.30

 昨日ブラタモリ長崎編をみていたら、たもりは坂が好きで坂がない町は魅力がないとまで言っています。そして坂が多い長崎を探訪している。長崎の出島の文化財発掘なども経験していた。

 

 左の写真はオランダ塀に沿った坂で、いきつく先はホテル旗松亭。

オランダ塀は400年前の平戸オランダ商館の塀が今も現存しているものです。商館の内部を目隠しするため造られたと言われている。

 

 平戸オランダ商館は徳川幕府によって破壊され、オランダとの貿易拠点は平戸から長崎の
 

 

 出島に移っていきます。

 

 

 

 左の写真は崎方公園に行く途中の坂。

先方公園は桜の名所であり、フランシスコ・ザビエルの記念碑や三浦按針(ウイリアム・アダムス)の夫婦塚があります。

 

 平戸は坂の多い町ですが、有名な観光地は皆車で行けるようになっていて、フランシス    
 

 

 コ・ザビエル記念碑や三浦按針の墓の近くには駐車場があります。

 

 

 この坂は名前はわかりません。崎方公園から降りてくるとき、下の道路にいく近道になります。

観光案内などにはでてこない坂ですが私がすきな風景で、坂が多い平戸を象徴するものです。

 

 そのほか、教会とお寺の見える風景も坂を登っていきます。

 

 松浦資料博物館の近くには「お部屋の坂」があり、この坂は横幅が広く長く続いていて、この坂を行くと大久保の馬場にいくようです。
 

 

 ブログほっこり奥平戸からは秋の佐志岳を紹介します。秋の佐志岳

 

 どの写真も綺麗な風景で、南部中学校の遠足で行ったことがあり、その時の写真がいまでもあります。

一人でもよく行ってその眺望を楽しんでいた。平戸島南部の山や野はほとんど一人で歩き回っていて、そのなかでも佐志岳は自宅から近く懐かしい場所です。秋の佐志岳は是非行きたいです。

hirad3519 | つれづれの記 | 18:10 | - | - | - | - |

この頃  8月になって−4  木ヶ津カトリック教会 2020.8.23

   2013年の夏帰省時、鄭成功記念館 普門寺 木ヶ津カトリック教会を見学しました。

写真は木ヶ津カトリック教会の内部です。いつも内部を見れるわけではありませんが運よく鍵がかかっていなくて内を拝見。壁に掛かっている14枚の絵画は、永井隆博士の「十字架の道行き」です。

 

 永井隆博士は医師で、自ら被爆しながら多数の被爆者を治療し救済した。永井博士が残した足跡と著作は、人類の負の遺産である原爆投下の第1級の証言と言われている。

 

 「十字架の道行き」は先が長くないことを悟った、キリシタンでもある永井博士が、キリス

                  トの死に至る14の場面を描いたものです。貴重なものをみることができました。

                  木ヶ津は平戸島の中部に属し、紐差町から海岸ぞいに行ったところにあります。
 

 ブログほっこり奥平戸からは、中津良川河畔に咲く水仙を紹介します。こちらです。中津良川河畔の水仙  

かなり沢山の水仙で、実際に見たら感動ものです。中津良川の河畔とはわかりますが、具体的にどの辺かわかりません。

上中津良出身の妻に聞いたら、橋があるから白岳神社の近くに見えるけど正確にはわからないとのこと。

 

 コロナで渋谷にもほとんどいかないけど、久しぶりに用事の帰りに東横のれん街にいってみたら、夕方ということもあって沢山の人で、みんなマスクをしているけどほとんどくっついて商品の品定め。私は必要な分みて帰ればいいけど店員さんは決まった時間勤務だから大変です。東横のれん街の魚やさんがやっている小さい寿司やさんがあるけどお客は一人もいない。

コロナ収束は2,3年かかるという人もでました。これからの倒産や失業の増加が懸念されます。コロナ感染の抑止に重点を置いたほうが結局経済もよい効果があると思うのですが両立が前提だから、どうなることやら。

hirad3519 | つれづれの記 | 18:15 | - | - | - | - |

この頃  8月になってー3  2020.8.15

 8月15日、今日は終戦の日。今からみるとよくあんな戦争ができたと思うのですが事実です。父の二人の弟は戦争に行ってますが生きて帰ってきている。母の二人の兄弟は戦死で今も実家には軍服すがたの写真を飾っている。明治時代から戦争 戦争でいきつくところが太平洋戦争。二度と戦争はおきていけないものですが,世界の雲行きはあやしくなっている。

 

 昨年の帰省は15日は大型台風の襲来で、15日予約していた新幹線を14日に変更して、14日の夜遅くには帰宅していました。予約の変更は意外と簡単で、又佐世保駅の窓口

の担当者が親切で、よくやってくれました。

 

 

 

 

 平戸に帰省するといつも行くのが、松浦資料博物館と茶室閑雲亭。

写真は茶室の内部です。

 小さい入り口は教えてもらいましたが、「にじりぐち」という、入り口だそうです。

小さい入り口ですが、武士も刀をおいて、茶室に入るように小さい入り口にしたようです。

「鎮信流」のお茶の稽古にも使われる茶室だとか。
 

 

 最近生月から舘浦漁協の定置網でとれて販売されている鯨の肉を送ってもらいました。渋谷の鯨肉専門のお店で食べてもそんなに美味しいと感じられず、期待はしていなかったけど、今回の赤身の鯨肉には驚きました。牛肉と赤身のマグロを一緒にしたような美味しいものです。鯨の種類など詳しいことは知りませんがもう一度食べる分があるので楽しみです。

 

 ブログ ほっこり奥平戸で好きな画像の一枚を紹介します。こちらです 野焼き後の佐志岳

佐志岳は2月頃春を告げ津野焼きをやっているようです。野焼き後の佐志岳もそうですが、私が好きなのは最後の礫岩と神船田園風景で三枚目の写真です。田んぼの色が何色もの緑でおおわれている風景が気に入っています。バス通りの国道からは遠いようなのでため池の土手から撮った写真でしょうか。

hirad3519 | つれづれの記 | 14:16 | - | - | - | - |
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